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2005.12.05 シマウタ
奄美の島唄と三味線がよくわかるサイトのタナカアツシさんが僕のリクエストに応えて、ヒギャとカサンとキカイの島唄について書いてくれました。
タナカさん、ありがとうございます。


で、僕も僕なりにちょっとだけシマウタについて書いてみたいと思います。


以前にも書いたように、我が亡父は極自己流な三味線の弾き手でした。そのうえ頑固者だったので、「ウマ」の合う唄い手さんはあまりおらず、もっぱらその相方をつとめてくれたのは、同級生の女性二人だったようです。

タナカさんも書いてらっしゃるように、島唄はシマ唄であり、「シマ=集落」なのです。であるはずなのに、亡父の相方をつとめてくれたのは違う集落出身のお二人なのです。

奄美民謡にあっては、「唄(=曲)」によってはリズムもメロディーも歌詞も違って然るべき他集落出身者が何故相方をつとめることが出来たのか?
奄美民謡では「唄有りき」であって、三味線奏者は「ウタ」に合わせて伴奏するのが当然であって、亡父はそのつもりで弾いているにも関わらず、唄者に「合わせづらい」と言わしめた伴奏に同級生の二人が唄を合わせることができたのは何故か?


それは、三人が同級生だったからなのだと思います。

連綿と人々の生活のなかで受け継がれてきた奄美民謡には譜面がなく、その歌詞内容も種々雑多であり、同じ歌詞を違う曲で唄うことも少なくありません。
だからこそ、想像も豊かに言えば、その時々に流行った歌詞なり曲なりがあって、それを知らない人同士は合わせづらいんだと思います。

さらには、「唄遊び」という文化が廃れて久しい今日では、いつもの仲間以外の唄者との交流やシマ唄に触れる機会が減ることで、仲間内で作られたシマ唄しか覚えていないのではないでしょうか?

当時は分かっていた元ウタと自分達のオリジナルとが唄者自身にも区別出来なくなっていることも実際にあるようですから、弾き手と唄い手の考える元ウタが違ってしまい、合わせることが困難になってしまったことも当然なことなのかも知れません。


でも、僕はそれでいいと思うのです。
昔ながらのそれぞれのシマ唄を唄い弾くことが出来る人はとても少なくなっていて、それを後世に残していくことはとても意義深いことですし、いわゆる古典をマスターしないことには奄美の民謡を理解出来ないんだと思いますから、「○○節」といえば誰もが同じ曲を思い出すというのも必要なことだとは思います。

でも、新しいシマ唄を作ることももっと練り込まれていいのではないでしょうか?
単純に他の音楽とミックスしたりするのではなく、昔の「唄遊び」のように三味線と声だけで新しいシマ唄を生み出すのもいいんじゃないでしょうか?
共に「唄遊び」をした仲間にしか分からない唄がどんどん増えて、そのなかで誰かが格好いいと思った曲なりフレーズなりをパクって、真似ているうちに磨かれていくという奄美民謡らしいスタイルが復活したらもっと楽しいんじゃないかなぁ~と、三味線も弾けない、歌詞のワンフレーズも知らないズブの素人は勝手に思ってます。



と言ってみても、元になる古典が廃れてしまっては文字通り「元も子もない」ので、いま民謡をやっていらっしゃる皆様方にはこれからも頑張って頂きたいと心から思います。



一日一善!

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