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2005.09.14 方言メモ9
広島弁の「しゃ-ない」論で喜界島にも似た言葉があるのを思い出したので、それについて書いてみます。



「しわじゃ しわじゃ 糸繰りしわじゃ」

↑は、「糸繰り節」という奄美民謡の一節にですが、「心配だ 心配だ 糸繰りが心配だ」という意味です。唄はこのあと「糸は切れても結ぶこともできるが 人の縁は切れてしまうと 結ぶこともできない」と続く教訓歌。
この唄に出てくる「しわ」という言葉、広島弁の「しゃーない」の「しゃー」と似ていると思いませんか?

これ、過去記事のコメントでぴょんきぃさんとT.Kazeが書かれていたことを考えていて、広島弁の「しゃーない」が「世話がない」→「せわーない」→「しゃーない」と変化したように、喜界島の「しわ」も「世話」→「しわ」と変化したのではないかと思い付いたのです。

そして、広島では「世話がない」が丸ごと変化した為に「大丈夫」の意味が残ったのに対して、喜界島では「世話」という単語だけが変化したので、「世話がかかる」の意味が残って「心配」を表すようになったのではないでしょうか?

喜界島の方言は母音の「え」が「い」になる傾向があります。
例えば、島に「花良治(けらじ)」という集落がありますが、方言では「ヒラジ」と言いますし、「先生」も「シンシェー」ですし、「手」は「てぃ」と発音するのです。
ですから、この推測はあながち間違ったものではないと思われます。

遠く離れた広島と喜界島に似た言葉があるなんて、なんか楽しいですねー!



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もう夏も終わりましたね・・・



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