上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
何のことか分からない方にはごめんなさい。
今回は極々マニアックな話ですが、ご了承下さい。


タナカアツシさん>>
喜界とヒギャ節って似ているんでしょうか?
もし良ければコメントいただけますか?


「てげてげ節」さんのコメントで指名していただいたので、自分トコのネタにしてしまいます。

僕自身はサンシンも弾けないし島唄も唄えません。
ただ、亡父がサンシンを弾き唄を唄っていた影響で、同年代の島唄を習っていない人達に比べると多少は島唄に馴染む機会が多かったかとは思います。

ただ、我が亡父は正真正銘の我流であり、しかも沖縄民謡や喜界島以外の奄美民謡にも多分に影響を受けたようで喜界島の人には「あれは喜界の民謡じゃない」と評されることも多かったようなので、その島唄を聞き育った僕も喜界島色の薄い島唄こそがシマウタだと感じる部分が大きいと思われますので、異論などある方はどんどんコメントお願いします。

亡父の島唄は「どちらかと言うと○○節」と言われることが多かったようなのですが、おそらくそれがヒギャ節だったのでしょう。
そんな亡父は喜界島で初めての役場主導の公民館講座でサンシンの講師を務めたこともあるようです。
その中にはまだ中学生?小学生?だった富田勝己さんも居たとか居なかったとか・・・。
この公民館講座、当初は役場職員のための福利厚生の一環として開かれたようで、亡父が講師を勤めたのはこの頃かと思われます。


聞きかじるところによると、喜界島の島唄は「抑揚が無い」とか「平淡だ」とかの評価を周りの島々から受けていたようですので、元々からヒギャと喜界が似ていたという事実はないのかも知れません。
ただ、僕が持っている喜界の印象から独断と(もの凄い)偏見でコメントさせてもらうとすれば、他の島々との違い(喜界らしさ)を出すためには「カサンよりヒギャに近い方向を目指した方が喜界らしさを出せる」とその時々の唄者達の心を揺さぶった結果が現在のキキャ節に反映されているんではないかと思います。


はぁ。。。長いな~。。。
ここまで酔った頭で頑張ってきたんですが、もう限界です。

なにか格好いい締め方でもと考えていていて、ちょっと前では覚えていたんですけど、もうダメです。思い出せません。

こんな時は寝るに限りますね。
では、おやすみないさい。
スポンサーサイト
Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。